熱海の旅館「伊豆花」に女中として働く春子は戦爭未亡人である。終戦前後の混亂どき、歌子と清一の二児をかかえて、かつぎ屋やら曖昧屋の女やらにまで身を落し、唯一の財産だった地所も悪らつな義兄夫婦に橫領された。彼女のいまの生甲斐は、無理して洋裁學校と英語塾に出している歌子、醫科大學に通わせている清一だったが、當の二人は母に冷めたい。というのも母と客との酔態をかいまみた子供心の反撥が今に至っているわけである。その美貌にもかかわらずまっとうな嫁入り口もないことを母の行狀のせいにした歌子は、いつかシニカルな娘となり、彼女に心を傾けている英語教師赤沢の妻霧子のはげしい嫉妬さえ鼻先きであしらうしまつ。一方清一は最近、戦爭で息子を失った資産家の醫師から養子にのぞまれ、籍を移してくれと頼んでくる。むろん春子は子供ゆえのいままでの苦労を強調し、気狂おしく反対するが、そのおしつけがましい愛情がいよいよ子供らの心を遠のかせた。歌子は愛してもいない赤沢と駈落ちする。あわてた春子が急遽上京、すでに資産家の醫師の邸にすみこんだ清一に相談しようとすると、息子はただ籍のことだけを固執した。その冷靜な語調。--彼女はあきらめて養子の件を承諾する。生甲斐を失い、子供らの小遣いにもと手をだしていた株に失敗した春子は、東京からの帰路、湯河原駅のホームより進行中の列車に身をなげた。